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《 第二十一話 ニーナ 》


アシスタント当時、神戸にロケに出ました。                   
神戸北野町の異人館のひとつを借りてのロケです。                
オーディオのポスターの撮影だったのですが、モデルを使いました。        
ニーナという当時16歳の女の子でした。                    
日本とアメリカのハーフだったのですが、優性遺伝の出方がアメリカ優勢だったので 
しょう。 ほとんどアメリカ人そのものの姿だったのです。            
白い肌と輝くようなブロンドの髪、ブルーの瞳でした。              

それまでに外人のモデルは何人か田中誠一スタジオでも使っていましたので、私には 
それまでの外人のイメージ(明るくて開けっぴろげで活動的)があり、ニーナの外観 
が外人のそれであったので、第一印象は活発な女の子というものを持ちました。   
ところが、仕事をしだし、話してみると、その外観とは反対に、内面はまるで日本人 
そのものなのです。 もちろん日本語は日本人とまったく同じレベルで話せますので、
ますます違和感がありました。                         

もちろん、とびきり可愛い女の子で、モデルとしての経験は浅かったのですが、その 
存在だけで絵になるくらい可愛かったですね。                  
経験が浅いという事は、ポージングや表情についてもまだまだ自分で作る事は出来ず、
カメラマンの指示を満足に満たす事が出来ないため、撮影途中で沈み込んでしまうと 
いう場面もありました。                            

そこで、私の出番です。                            
ソファに座ってオーディオを聴くというシチュエーションであり、その構図をカメラ 
の中に作り、そのフレームから少し離れたところに私が立ち、ニーナに話しかけ、自 
然に表情を作りながらその瞬間を切り取ろうというものでした。          
私は当時はそんなに話しが上手な方ではなかったのですが、なにせニーナのような美 
少女と話す機会などはめったに無い事ですから私としては一生懸命に話しかけたので 
す。 そして、自然に笑ってくれ、いい雰囲気を作る事が出来ました。       

撮影終了後、ニーナは私にべったりとくっついていました。            
田中誠一さんはいい仕事をしようと全力を出すカメラマンですから、ほどほどのとこ 
ろで妥協をしようとはしません。 その熱意がニーナには恐く写ったのでした。 も 
ちろん、その場にいた代理店のディレクターやスポンサーサイドも熱が入っています 
から、みんな恐い人に写ったのでしょう。 その中で私だけがにこにこと優しく遊ん 
でくれた(本当は仕事なのですが)という事で、私と一緒にいたがったのです。   

当然の事ですが、それ以来、私とニーナは親しくなりました。           
ニーナは神戸在住であり、近かったため、撮影後も私とはよく会いました。     
神戸の北野町や元町をよく一緒に歩きました。                  
しかし、私はニーナと会う時にはカメラは持っていきませんでした。        
それは、ニーナはモデルであり、それはニーナにとって公私の公であり、いかにプラ 
イベートなスナップとはいっても公私の私でいる時にカメラを向けるのは負担になる 
のではないかと思ったからです。                        

私は得意の絶頂でした。                            
誰もが振り向く美少女、それも外見は外人そのもの、そんな女の子と一緒にいる事が 
出来るのですから。                              

しかし、そんな時間も長くは続きませんでした。                 
ニーナの父親はアメリカ人で、元々アメリカで貿易をやっていて、日本へは長期出張 
で来ていたのですから、いずれはニーナもアメリカに帰ります。          
その時期が近い事も私達は知っていました。                   

ニーナがアメリカに帰る日、私は伊丹へ見送りに行きました。           
伊丹から羽田、羽田からアメリカへという空路だったのですね。          

最後に私はカメラを持っていきました。                     
そして空港で撮った1枚が私にとっての唯一のニーナの写真となったのです。    

その少し後、沢田研二の唱う「追憶」という曲の中に“ニーナ”という女の子の名前 
があり、私はその曲を聴くたびに、神戸の街角の情景を思いだし、その中にいるニー 
ナの姿を思いだし、涙にくれたものでした。                   
今でも「追憶」を聴くたびにその思い出はよみがえってきます。          




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憂想堂
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