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《 第三十三話 かなぶん撮影秘話6 》


朝、マークホプキンスを出て、W氏の車で約4時間走り、カリフォルニア州の州境に 
あるドナーバレーに行きました。                        
ここでは自然の中のヌードを撮ろうというものです。               

ドナーバレーは恐ろしく壮大な渓谷です。                    
標高も1,000メートルを越えていて、着いた時は正午くらいでしたが晴天ではあって 
もシスコ市内よりかなり肌寒かったですね。                   
こんなに寒くてかなぶんは大丈夫かと心配になりました。             

まずき宿泊ホテルへチェックイン。                       
ホテルとはいってもここはレインボーロッジ、つまりロッジでありまして、登山客  
やスキー客の宿泊する施設です。                        
しかし、これが凄かった。                           
丸太で作られた建物は築100年という事で、重厚で年季があり、これはここも良いロ 
ケーションになるっ、と心躍りました。                     

メイクをし、衣装に着替えて、というところで私とかなぶんとでまた意見の対立が。 
何かと言いますと、衣装の中に薄い布、シースルーの長い布がありまして、かなぶん 
は自然の中でこれを身体にまとった絵が面白いと言い出したのですが、私の狙いは自 
然の中での野性的な自然の姿であり、その中にシースルーの布という人工物が入って 
くる要素は無かったのです。                          
多少の意見の交換はありましたが、結局私のイメージ通りに撮るという事で現場に出 
ました。                                   

ロッジから30分ほど山の中に入ります。                     
車から降りて谷を下っていくと、そこは遠くが見えないほどの深い渓谷で、岩々と樹 
木に囲まれた大自然の景観でした。                       
谷底に降りるまではかなぶんにハイキングに来た女の子というイメージで服を着たま 
ま撮っていましたが、谷底からは自然の中の野性的なかなぶんのイメージを求める。 
谷底まで身体を動かしていたせいかかなぶんは裸になっても寒さを感じていないよう 
でした。                                   

以前にも書きましたが、かなぶんは運動神経がとてもいい。            
岩場に登ったり、谷底に降りたり、随分身体を動かしての撮影であったのだけれど、 
かなぶんは何の苦労もなしにこなしていく。                   
この日はすっかり疲労も取れていたので撮影は思った以上に順調であり、私も撮りや 
すかった。                                  
この時に私がかなぶんにつけた注文は「とにかく笑わない。 野性的なイメージ、自 
然の中でひとりで生きている野生の女の子のイメージが欲しい。 私が注文をつけた 
時以外はカメラを見ない。 景色を見る時は遠くを見る目線で」というものでした。 
かなぶんはすべてにうまく応えてくれた。                    
遠くを見つめる目線の時は悲しいほどの孤独感をたたえてくれたし、カメラ目線の時 
は驚くほどの野性的で挑戦的な視線をくれた。                  

空気は抜けるように澄み渡り、雲ひとつ無い紺碧の青空。             
巨大に岩々にかなぶんの裸身。                         
仕事としてのロケではあったけれど、この一瞬が永遠に続いて欲しいと本当に思った。

ここでの3時間を終え、ロッジに戻る。                     
到着した時に起案したようにもロッジ内でも撮影。                
ロビーや廊下では服を着て、部屋の中ではヌードを撮る。             
この時の部屋も100年前に建てられた時そのままのインテリアであるという事でした。
オーク材で作られた壁は飴茶色に染まり年輪を刻んでいたし、窓も緑青の葺いた真鍮 
のものだった。                                
ここでの撮影はある意味では失敗というか迷いがあった。             
私は、ここでは自然の中から戻ってきて、緊張がほぐれ、ほっとしたかなぶんの表情 
が欲しかったのであるが、かなぶんには緊張感が持続していて、野性的なものが残っ 
たままだったのである。                            
陽も落ちかかっていた。                            
私はとうとうイメージを修正出来ず、そのままのかなぶんを撮り続けた。      
これはこれでいい絵は撮れたのだが、これで本当に良かったのか、今だに判らない。 

撮影を終え、ちょっと休憩してロッジの外へお散歩に出た。            
この時にはかなぶんもすっかり元の女の子に戻っていた。             

夜はロッジでディナー。                            
古い暖炉のある部屋で、他の宿泊客達と一緒にロッジのシェフの料理をいただく。  
ヘラジカのステーキだったのだけれど、これはあまり私の口には合わなかった。   
ちょっと堅くて匂いがあるのですね。                      
でも自家製のパンは美味しかった。                       

ロッジの中は例によって煙草が吸えない。                    
私達は外へ煙草を吸いに出た。                         
もうすっかり日は暮れ、夜のとばりに包まれている。               
ふと空を見ると。                               
私はこんな夜空をかつて今まで見た事がなかった。                
恐ろしいほどのたくさんの星。                         
夜空全体を星、銀河、星団が埋め尽くしていると言っても過言ではないほどの星々。 
圧倒されるほどの星の数である。                        
手を伸ばせば星が掴めるのではないかと思えるほど近くに見える。         
こんなに澄み切った空を日本は失ってしまったのかと思うと涙が出てくる。     
しかし夜はとても気温が下がり、夜空を見上げているのは煙草2本が限度であった。 
この日から一ヶ月後には雪が積もるという土地である。              
私達はロッジ内に引き上げ、部屋の中で夜遅くまで語り合った。          


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憂想堂
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